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5月1日(67〜76番)
2007年冬
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●5月1日■今日は朝から雨「観音寺サニーイン」出発
朝5時30分起き。昨晩買っておいたサンドイッチと牛乳で朝食。雨が降っているので、上下に分かれたレインウェア、レイングローブ、シューズカバーに、ヘルメットの下には防水スプレーをたっぷりふりかけたキャップをかぶる完全装備だ。この恰好だとサイクリストなのかお遍路なのか区別がつかない。6時15分にはホテルを出る。 大興寺までは思ったよりも遠い。しかも軽い登りで逆風。もちろん雨。これは無心にペダルを踏むしかない。まだ早いので交通量が少ないのがせめてもの救いだ。 40分ほど走って、わき道にそれる。静かな田園の中を走るが、雨でモノトーンの景色がそれなりに美しい。やがて深い緑の中に、大興寺の門が見えてきた。 ■雨の中の札所も趣がある六十七番霊場「大興寺」(07:01/当日11.0km/累計263.7km) 大興寺の山門の前は田んぼだ。そして門の前には、短い石橋がかかっている。雨だからこそだろう、風情を感じさせる。自転車を山門の脇に持っていき、なるべく濡れないような場所に停める。
山門を入ると、目の前に長い石段が現れる。濡れていて滑るのが怖い。数十段程度だが、長く感じた。登りきるとそこに伽藍が並ぶ。本堂の手すりは補修されたばかりのようで、白木の色もまだきれいだ。 参拝しているうちに、雨はやや小降りになる。これは意外に早くあがるかもしれない。
ちょっと気を抜いて石段を降りていたら、枯葉を踏んでズルッと滑り尻餅をつきそうになった。腰でも打ったら自転車にも乗れなくなる。危ない危ない。手すりがあって助かった。 7時35分出発。 ■外国人お遍路と初めて出会う六十八番霊場「神恵院」・六十九番霊場「観音寺」(08:15/当日22.1km/累計274.8km) 再び来た道を観音寺の市街地目指して走る。次の観音寺・神恵院は、停まったホテルから1kmほどの所にある。歩きの人の、打戻りを嫌がる気持ちがよくわかる。小降りになってきたとはいえ、まだ雨は降り続いている。 標識に従って財田川に出て、川沿いに少し走ってから中に入り、ちょっと登ると山門が見える。後で地図を見たら、どうも遠回りのコースだ。途中、歩きのお遍路に出会い頭で挨拶したら、なんと白人の青年だった。外国人のお遍路は始めて見た。 ここは2つの札所が一つになった、変則の札所だ。山門と納経所は一つだが、本堂と大師堂は2つずつある。便利だという人もいるようだが、僕はどうも馴染めない。
まずは神恵院に参拝する。ここの本堂は、香園寺のような建築だ。香園寺よりもモダンかもしれない。特に内部は現代建築の写真集にでも出てきそうだが、なんだか殺風景だった。ここでお参りし、大師堂へ回る。大師堂は、普通のお堂だ。
次いですぐ隣にある観音寺の本堂、大師堂へお参りする。こちらはごく普通の建物だ。別に建物にお参りしているわけではないとは判っているが、やはりコンクリートやガラスは、札所には似合わないと思う。
参拝を終えて納経所へ。納経してくれた女性は親切で、道も丁寧に教えてくれた。横に15kgはあろうという大荷物を抱えたお遍路がいた。すごい体力だなぁと思って顔を見たら、先ほどの外国人のお遍路だった。 8時50分、出発。 ■思ったより早く雨があがる七十番霊場「本山寺」(09:41/当日32.1km/累計284.8km) 本山寺までは、川沿いにまっすぐいけばいい。雨はもう止んで、きれいに晴れ上がってり、代わりに風が強くなってきた。雨具はまだ濡れているので、しばらく走って乾かすことにする。 前を歩きのお遍路が歩いていた。風で雨具がはためいている。挨拶をしたら、なんと仙遊寺で同宿だった青年N君だった。相変わらず健脚だ。ちょっと話をして別れる。しかし調子に乗って走っていて、途中で川が分かれているのを見逃していたため、とんでもない方へ進んでしまった。 あわてて付近の人に道を聞き、なんとか本山寺にたどりつく。駐車場に自転車を停め、乾いた雨具を片付けはじめる。すると近所の人かタクシーの運転手か、おやじさんがいろいろ話しかけてくる。どこから来たから始まって、名古屋駅のきしめんが美味しいなど、いろいろ話してくれる。途中で失礼して、参拝に向かう。立派な五重塔が目を引く。
本堂で参拝していると、先ほどとはまた別の外国人お遍路がきた。そして見事に般若心経の読経を始めた。相当上手だ。ちょっと感心してしまった。 10時25分出発。 ■きつい石段もなんのその七十一番霊場「弥谷寺」(11:50/当日45.2km/累計297.9km) 国道11号を走る。雨はすっかり上がって快晴だ。少々暑いくらいだ。のどかな田園風景の中を走る。途中で県道に入り、弥谷寺に向かう。 山のふもとから望むと、中腹あたりに堂宇が見える。ちょっと上がらないといけない。憂鬱になる。この何日かで、すっかり脚に疲労がたまっている。休むことなく使っているので、だんだん疲労のメモリー効果が現れてきて、おかげでちょっとした坂でも脚の筋肉が悲鳴をあげる。情けないが、50半ばの通勤サイクリストの脚なんてこんなものだ。 弥谷寺への上り口にお堂があり、その横で足湯を使うことができる。一瞬、楽になるかもと考えたが、却って筋肉が緩んだら目もあてられないので、写真だけ撮って進むことにする。
弥谷寺への坂は、短いが比較的急だ。ペダルを使うのはあきらめて、押して登る。10分ほど押すと、「ふれあいパークみの」という道の駅があった。ちょうど飲み物も切れたので、そこの自販機でお茶を買って飲む。休んでいると、タクシーの運転手が話しかけてきて、激励してくれる。この道の駅から弥谷寺の駐車場まで、短い距離だがタクシーが出ているらしい。 再び自転車に乗り、しばらく行くと急坂だ。降りてしばらく押すと石段の下に出た。ここに自転車を停める。自動車もここまで。後は急で長い石段を上る。500段くらいとか。上から降りてきた年輩の歩きお遍路が「これからが辛いぞ」と脅かしていく。
石段は確かにきついが、急坂を自転車を押すのに比べたらはるかに楽だ。というわけで、比較的軽快に上ることができた。途中に茶店がある。有名な俳句茶屋だ。帰りに寄ろうと思う。 弥谷寺の本堂は、靴を脱いで参拝する。正座して参拝したのは、ここが初めてだと思う。すぐ横には、お大師様が子供の頃勉強したという岩屋が、ガラス越しに見える。
「死者の集まる霊場」といわれているので、どれほど不気味かと思ったら、快晴の空のもと暗さは微塵もなかった。しかし後で俳句茶屋のおかみさんに聞いたところによると、今朝のような雨の日はたまらなく憂鬱な風景になるという。 下りる時、またN君とすれ違う。驚異的な脚だ。 ■おかみさんと話し込む「俳句茶屋」俳句茶屋の前には縁台も出ていて、何人かのお遍路が寛いでいた。僕は俳句の短冊が見たかったので中に入った。男性が一人、注文を取りに来る。うどんを頼む。うどんを持って出てきた男性は、「それじゃこれで」と奥に挨拶して出ていった。その後を「ありがとうね」と言いながらおかみさんが出てくる。何のことはない、近所の常連さんだったのだ。
それからおかみさんと話をする。僕より少し年上だが、ほとんど同世代。三丁目の夕日的な話題で話が会う。それから、おかみさんがお遍路の途中に立ち寄ったのがきっかけで、この店を引き受けることになったいきさつや、先代のおかみさんの苦労話など、話題はつきない。ちょっと盛り上がりすぎで、話を打ち切るきっかけを失ってしまった。話していたいのは山々だが、まだ予定があるし。 困ったなと思っていたら、折り良くN君が入ってきた。それを潮に、失礼することにした。おかみさんは「今度は奥さんと一緒に来てね」と言って見送ってくれた。テレビで見るより、ずっとチャーミングなおかみさんだった。 13時15分、出発。 ■反対方向に走る七十二番霊場「曼荼羅寺」(13:49/当日52.8km/累計305.5km) 弥谷寺から坂を下り国道に出る。国道をしばらく走ってからわき道に入る。さらに右折するとすぐそこが曼荼羅寺だったのだが、なぜか行き過ぎてしまった。 そこで通りがかりの老人に道を尋ねた。ちょっと迷ってから、「その山裾の道を左に行くとすぐだよ」みたいなことを言う。へんだな、看板の矢印は反対方向だったような気がしたが。でも地元の人の言う事だし・・・と走ってみたが、どうもおかしい。再度戻って、よく見直すと、やっぱり反対方向だった。どうやら甲山寺と間違えて教えてくれたようだ。 まっすぐ走ると曼荼羅寺の駐車場に行き着く。そこに自転車を停めると、お茶屋さんがあって、お茶をお接待してくれた。近くには自転車遍路の自転車も停まっている。そこから札所に入ろうとすると「正門からお入りください」みたいなことが書いてある。そうか、裏の入り口なのか。あらためて自転車に乗って山門まで行く。
ちょっと粋な雰囲気のする札所だった。休憩所などもきちんとしていて、居心地がいい。居心地の良さは人それぞれだろうが、僕にとってはいい札所だった。なかなかそんな印象を受ける札所は少ないのだ。
14時10分出発。 ■参道の石像、石柱がにぎにぎしい七十三番霊場「出釈迦寺」(14:13/当日53.2km/累計305.9km) 曼荼羅寺から出釈迦寺は、ほんの500mほど。ご町内といっていい。ただ上り坂になっているので、疲れた脚にはあまり優しくはないが。最後は恥も外聞もなく、押して上がる。 出釈迦寺に向かう参道には、さまざまな石像や石柱が立ち並ぶ。これも初めてみる風景だ。こうして見ると、それぞれの札所が、いろんな工夫を凝らしているのがわかる。
出釈迦寺の入り口は武家屋敷のような佇まいだ。中も、落ち着いた雰囲気だ。広さは曼荼羅寺とあまり変わらない気がするが、全く雰囲気が違うのが面白い。
ここで今日の宿の予約を入れることにする。当初予定どおり善通寺の宿坊に予約を入れる。空いてはいたが「夕食は5時半からですから、それまでに必ず」とくどいほど言われる。5時半から夕食なんて病院じゃあるまいしと思ったが、とりあえず「はいはい」と応えておく。 14時43分、出発。 ■ストイックな趣の札所七十四番霊場「甲山寺」(14:56/当日56.4km/累計309.1km) この辺は、地図を見ながらというよりは、道路の案内標識を見ながら進む。道は徐々に市街地に入っていく。といっても、まだのどかな風景だ。 甲山寺は工事中なのか、フェンスで囲まれている。おまけに門の前は玉砂利が敷き詰められていて、あやうく転びそうになった。 地味な雰囲気で、禅宗の寺院のような佇まいだ。真言宗善通寺派の寺院だが。お参りを終えて帰ろうとすると、N君に出会った。どこまでも健脚だ。今日の宿のことなどを話し、別れる。我ながら、そそくさと参拝を済ませたという印象だ。 15時15分出発。 ■「お大師音頭」(仮称)が鳴り響く七十五番霊場「善通寺」(15:35/当日58.2km/累計310.9km) なんとなく走っているうちに、善通寺に行きついてしまった。最初に入った所にあったのは御影堂、いわゆる大師堂だ。とすると本堂は反対側だ。露天商が立ち並ぶ通路を、自転車を押して本堂側に行く。 本堂側は随分にぎやかだ。何かイベントでもやっているらしい。看板を見ると「真魚まつり」とかをやっているらしい。お大師様の誕生イベントか。それはいいが、ありがたや節ばりの「お大師様、ありがたや」みたいな演歌はなんとかならないものか。それも何曲もあるらしい。格調がどんどん低くなるような気がする。後で宿坊で、歌の題名などを聞いたが「あれは業者さんのやっていること。当方は一切関知しておりません。わかりません」とのこと。なんだかなー。どの曲も「お大師様」を、くどいくらいリフレインしていたのに。それとも、仏教には冒涜という概念はないんですかね、善通寺さん。 あきれたため、善通寺でシャッターを押したのは1回だけだった。
本堂の中で尼さんに、どこで参拝すればいいのか尋ねる。すると「どうぞ、本堂の中で参拝してください」と言われる。ありがたい。遠慮なく参拝させていただく。読経が終わって出ようとすると、尼さんが「お接待」と言って、紅白餅をくれた。イベントよりも、こうしたさりげない行為の方が、よっぽど心を打つ。 次いで自転車を押して御影堂へ。納経をすませて、宿坊に入る。時間がまだあるので、荷物だけ降ろして、次の金倉寺へ回るつもりだ。宿坊のフロントで道を聞くと、丁寧に教えてくれる。しかし「夕食は5時半」と念押しされる。そこを何とか、と言って交渉すると6時までは何とか、という回答を引き出せた。 荷物を置いて、金倉寺に向かう。出がけに御影堂近くでN君に会う。 16時6分、出発。 ■金色の大黒天が印象的七十六番霊場「金倉寺」(16:26/当日62.6km/累計315.3km) 善通寺宿坊で頂いた、カラープリンター出力の地図をもとに走る。夕方の通勤ラッシュ(?)にぶつかり、道路は込んでいる。といっても名古屋ほどではない。なるべく邪魔にならないように気をつけながら、車道を走る。 幹線道路から少し住宅街に入ったあたりに金倉寺はある。随分広い札所だ。山門脇に自転車を停め、中に入る。時間が心配だったので、先に納経をしてもらう。納経所の係も、落ち着いた年輩の人ばかりだ。これはこれで、「ありがたい」感がある。
その後、落ち着いて参拝する。本堂脇の、黄金の大黒天像が印象的。触ると金運が向くのかな。俗世の住人である僕は、当然、しっかり触ってきた。
16時47分出発。 ■温泉でくつろぐ・・・暇もない「善通寺」宿坊(17:06/当日66.7km/累計319.4km) 宿坊で駐輪場の場所を聞き、カギを2つかけて停める。次いで部屋に入り、簡単に荷物を片づけてから、て風呂へ行く。「5時半」には間に合わないが、まずは汗を流そう。15分ほどで体を洗い、ほとんど湯につかることもなく出る。後で入りなおせばいい。タオルを部屋に置いて食堂へ入る。 意外と空いていて20人ぐらいだろうか。歩き系(自転車含む)は片隅に席がしつらえてある。僕の斜め前は三重県から来た男性のTさん。次いで隣に東京から来た女性のKさん、前には兵庫県から来た女性のMさんが座った。Mさんは、甲山寺で見かけた女性だ。しかし男女をたすきがけに配置するなんて、善通寺さんも考えているんだかいないんだか。僕以外の3人は歩きだ。
料理はなかなかだ。5800円にしてはお得だろう。もちろんご飯はお代わり自由だが、疲れると逆にあまり食べられない。茶碗2杯だけにしておいた。
みんな軽くビールなどを飲んで、ちょっと話をして解散。というか、食堂にはいたたまれない。やはり7時には食堂も終了なのだろう、誰もいなくなる。まるで公営の食堂みたいだ。 僕はその後、洗濯物を洗濯機に放り込んだ後、ゆっくり温泉に浸かった。脚の疲れを少しでも軽減するためだ。その後、部屋でワンカップを一杯飲んで気持ちよく就寝。
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